鉄鋼は、鉄(Fe)と炭素(C)などの合金です。
鋼(はがね)に硬さや粘り(じん性)を与えるために、焼入れや焼もどしと呼ばれる熱処理をします。つまり、鋼を加熱したり冷却すること(熱処理)で、硬さや粘り(じん性)の調整をすることができます。
ここでは、熱処理の考え方の基礎となる鋼(鉄-炭素)の状態図の見方と、代表的な熱処理である焼入れ・焼もどしについて、金属の中で一体何が起きているのかを説明します。
「鋼(鉄と酸素などが含まれた合金)は、熱処理によって金属としての構造が変化し、鋼としての強さなどが変わってくることを知っている」を目標にしています。
鋼は、鉄(Fe)と炭素(C)の合金
一般に鉄と呼ぶとき、純鉄ではなく炭素などを含む鋼のことを意味していることがほとんどかと思います。鋼は、様々な鉄製品の材料などに広く使われています。
純鉄(元素記号:Fe)そのものは非常に軟らかいため、炭素などの様々な元素を加えて、硬さなど必要な特性を持たせた合金が鋼です。
鋼には様々な元素を含みますが、代表的な元素が炭素(元素記号:C)です。
炭素の量により次の様な性質をもちます。
- 少量の炭素を添加すると、強度が高まり、硬くなる。
- 添加する炭素が多過ぎると、 硬くなり過ぎて、脆く(もろく)なる。
鋼に加える炭素(C)以外の元素
炭素以外で、製鉄や製鋼時に添加する主な元素を以下に列挙します。
- 製鋼時の脱酸材として:アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)
- 高強度化や靭性向上のために: マンガン(Mn)、ケイ素(Si)
- 耐食性や耐熱性のために: ニッケル(Ni)、クロム(Cr)、銅(Cu)、バナジウム(V)
例えば、自動車の軽量化のため、自動車用鋼板には、マンガン(Mn)を加えることで、薄肉かつ延性も確保できる高強度鋼が製造されています。
ご参考までに「一家に一枚周期表(元素周期表)」は、文部科学省の以下のページにあります。
鋼(鉄-炭素)の状態図
鉄(Fe)は、個体の状態でも、加熱や冷却によって、異なる組織(結晶形)に変化します。これを変態といいます。氷(固相)が水(液相)になるのも変態です。
鋼(鉄-炭素)は、加熱・冷却で下図の様に結晶構造が変化します。
- 純鉄とは、炭素や鉄(Fe)以外の不純物が非常に少ない鉄のことです。電磁的特性に優れたり、軟らかいといった特徴があります。
α(アルファ)鉄、γ(ガンマ)鉄、δ(デルタ)鉄の説明は後述します。ここでのポイントは、鉄は加熱や冷却により鉄の(原子的な)構造が変化することです。
∗図中のα鉄等は、α固溶体と同じ意味です。
図1 鋼(鉄-炭素)の過熱・冷却と組織変化
状態図とは、何種類かの物質を混ぜ合わせたとき、温度や圧力の変化により、状態や性質がどのように変わるかを描いた図のことです。
一般に、工業用材料として使用される鋼は、鉄に炭素が固溶した(溶け込んだ)合金です。鋼の温度による組織の変化を表したのが、下図の鋼(鉄-炭素)の状態図です。
状態図の縦軸が温度、横軸が鉄に対する炭素の含有量です。
なお、炭素(C)の含有量が2.14%を境に、2.14%より少ないと鋼、多いと鋳鉄となります。数では、主に鋼の部分で1200℃までの範囲の状態図です。
図2 鋼(鉄-炭素)の状態図
上図は、熱処理を考える時の基本となる図です。
ここでのポイントは、炭素の含有量と熱処理により合金(鉄-炭素の鋼)の組織が変化し、硬さや粘り(じん性)などの性質が変わるということです。
上図の言葉について以下に補足しますが、上図は鉄(Fe)に炭素(C)を加えた場合の状態図です。実際に使う金属材料そのものの状態図ではないことに注意ください。
- フェライト(α固溶体):
- 鉄鋼の金属組織として、α固溶体をフェライトと呼んでいます。
- コンピュータの記憶用材料やスピーカーなどに使用される材料として使われるフェライトは、酸化鉄と金属酸化物(ニッケル、マン ガンなど)を焼き固めた磁性材料のことです。
- オーステナイト(γ固溶体):
- 焼入れ組織(マルテンサイト)を得るためには、オーステナイト領域にまで加熱する必要があります。
- 焼入れ鋼にマルテンサイトとともに存在する炭素含有量の高く軟らかい物質です。
- セメンタイト:
- 鉄と炭素からなる鉄炭化物(Fe3C)
- パーライト:
- α固溶体とセメンタイトからなる。鉄鋼材料としての鋼
- 固溶体:
- 2種類以上の元素が互いに溶け合い、全体が均一の固相となっているもの。
焼入れ:鋼を硬くするが脆くもなる
焼入れは、鋼を硬くすることで、鋼をオーステナイト状態から急冷、つまり焼入れすることで、マルテンサイトと呼ばれる非常に硬い組織が得られます。
例えば、次の様な場合に焼入れをします。
- 焼入れで得られる高炭素マルテンサイトの硬さをそのまま利用して、耐摩耗性の高い部品や強さの大きい部品を必要とする場合
- この際、焼入れたままのマルテンサイトは脆く(もろく)て不安定なため、200℃以下の低温で焼もどして使用します。
- 機械の構造用部品など強さとじん性を両立することが必要な場合
- 焼入れでマルテンサイト組織にした後、550~650℃といった高温で焼もどしを行ないます。
- 他の熱処理に比べ、同じ強さであればじん性に優れた鋼となり。
参考:マルテンサイトとは
マルテンサイトとは、焼入れによって得られる硬い組織のことです。
図2の鋼(鉄-炭素)の状態図は、温度変化をゆっくり変化させた場合のものです。
例えば、オーステナイトの状態から急激に冷却すると、炭素原子は拡散する時間がないため、オーステナイトに固溶したまま冷却され、ある温度以下になると別の結晶形に変化します。この組織をマルテンサイト、この変態をマルテンサイト変態といいます 。
なお、ゆっくりと冷却した場合には、炭素が拡散して炭化物(Fe3C)が析出し始めます。
焼入れと鋼の内部構造(原子レベル)の変化
焼入れによる鋼の内部構造の変化について説明します。
鋼を焼入れする場合、加熱によりオーステナイト状態にします。
この状態では、鉄の原子の間に炭素原子が固溶しています。
この状態で急冷すると、固溶した炭素は拡散せずに、鋼はマルテンサイト組織に変化します(無拡散変態といいます)。このマルテンサイトと呼ばれる組織はたいへん硬い性質です。
冷却速度について
一般に、焼き入れは、非常に硬くなるイメージがあります。硬いだけでなく脆く(もろく)なるため、焼入れと焼もどしは組み合わせて行うことが多いです。
理想的な冷却速度(急冷)で焼入れした時、他の合金を含んだ場合でも、鋼の硬さは、ほぼ炭素量により決まります。
これは、炭素量が低い鋼の場合には、理想的な焼入れを行なっても、高い硬さは得られないということです。
また、焼入れは次の様に鋼の形や大きさにより影響を受けます。
例えば、直径の違う丸棒に焼入れした場合、
- 丸棒の表面から中心に近づくにつれて硬さが低下します。これは、丸棒の表面の方が中心部よりも速く冷える影響によります。
- 丸棒の直径が大きいほど、同じ焼入れ方法でも硬さが低下する傾向となります。
残留オーステナイトについて
鋼を焼入れした場合、その鋼が室温以下になると、まだ変態を完了していないオーステナイトは、そのまま焼入れ後も残ります。これを残留オーステナイトといいます。
残留オーステナイトは、次の様に長所と短所を合わせもちます。
- じん性の向上
- 硬さが低くなる、経年による変形の影響
焼もどし:鋼のじん性などを高める
焼入れで得られたマルテンサイトは、硬いが、脆(もろ)い性質です。
硬い割には、じん性、強さや耐摩耗性はそれほど大きくないため、適当な温度に加熱し、硬さ(強さ)とじん性を調整します。この過熱による調整を「焼もどし」といいます。
鋼を、温度を変えて焼もどすと、硬さだけでなく、体積なども変化します。これは鋼の組織変化による影響と考えられています。
鋼の焼き戻しの3つの効果
一般的に鋼の焼もどしは、次の様な焼き戻しの3つの効果をふまえた上で、要求硬さ、要求する機械的性質などにより、焼もどし温度を選定することが重要です。
①残留(内部)応力の除去
鋼に焼入れをしたとき、その内部には変態に伴なう応力と、熱収縮の場所によるばらつきに伴う応力が残ります。これを残留応力(内部応力)といいます。
残留応力があると、引張や圧縮によっては割れたり、繰り返し応力に弱くなる(疲れ強さが低くなる)などの弊害を生じてしまいます。
このため、材料を焼もどしすることで残留応力の除去を行ないます。このとき、加熱温度 が高いほど材料の塑性変形が容易になり、応力が緩和除去されやすくなります。
②硬さとじん性の調整
焼き入れをしたままのマルテンサイトは硬いがもろい組織です。このため、硬さとじん性を調整するため焼もどしを行ないます。
300℃~450℃の温度範囲で焼もどしをすると、シャルピー衝撃値(衝撃試験によりじん性を確認する試験)が下がります。これは、低温焼もどし脆性(ぜいせい)といいます。
このため、実用上はこの温度範囲は避けて焼もどしを行ないます。
③寸法、形状の安定化
焼入れしたままの鋼は、非常に不安定な状態にある(変化しやすい)ため、長時間常温で放置すると、残留オーステナイトが徐々にマルテンサイトに変化します。
この変化により鋼の組織が膨張し、内部応力が増大して形状・寸法の変化を生じたり、割れてしまうことがあります。
このため、あらかじめ適当な温度に加熱して、上述の変化を促進させることで、その後の変化量を小さくすることができます。
参考:焼き戻しの条件
焼き戻しの条件の例を列挙します。
- 焼もどし時間は、部品の大きさにもよりますが、1~2時間が一般的です。
- 硬さ(耐変形・耐摩耗)が必要な部品は、150~200℃程度の低温焼もどしを選定します。
- 機械構造部品など、十分なじん性を必要とする場合には、550~650℃の高温焼もどし(調質)を選定します。
まとめ
鉄鋼は、鉄と炭素などの合金です。鋼を加熱したり冷却すること(熱処理)で、硬さや粘り(じん性)の調整をすることができます。
ここでは、熱処理の考え方の基礎となる鋼(鉄-炭素)の状態図の見方と、代表的な熱処理である、焼入れ・焼もどしについて、金属の中で一体何が起きているのかについて以下の項目で説明しました。
- 鋼は、鉄(Fe)と炭素(C)の合金
- 鋼に加える炭素(C)以外の元素
- 鋼(鉄-炭素)の状態図
- 焼入れ:鋼を硬くするが脆くもなる
- 参考:マルテンサイトとは
- 焼入れと鋼の内部構造(原子レベル)の変化
- 冷却速度について
- 残留オーステナイトについて
- 焼もどし:鋼のじん性などを高める
- 鋼の焼き戻しの3つの効果
- ①残留(内部)応力の除去
- ②硬さとじん性の調整
- ③寸法、形状の安定化
- 鋼の焼き戻しの3つの効果
- 参考:焼き戻しの条件