日本の宇宙開発の主役である宇宙航空研究開発機構(JAXA)で公開されている「JAXA共通技術文書」の中に、「音響試験ハンドブック」があります。
振動制御をやっていた頃には、制振効果を評価するために音響パワーレベルの計測をしたり、スピーカーを使った音響加振をしていたこともあり、振動試験と音響試験は車の両輪のようなイメージを個人的には持っていました。
ところが、世の中には振動屋さんと音屋さんとがいて、大きな会社ではあまり両者の関係がよくなかったり、そもそも振動と音の両方の計測や実験をする人自体が少なかったようなイメージがあります。
「音響試験ハンドブック」は、専門的な内容ではありますが、具体的な音響試験についてまとめられているので、音響試験とはどの様なものなのか説明する資料としても分かりやすいですし、個人的は昔の経験を思い出したりして非常に興味深かったので紹介します。
振動試験にも大掛かりなイメージがありますが、音響試験はもっと大掛かりだと思います。CAEとの関係を振動試験と音響試験とでは大きく違いますが、振動問題が表面化するのは音(騒音や異音)の場合が多いのも事実です。
大学の工学系研究室でも実験をやる機会は少なくなっていますが、実験の面白さもありますので、この記事がモノづくりや試験(実験)に興味を持つきっかけになれば幸いです。
音響試験ハンドブック(JAXA共通技術文書)とは
JAXA安全・信頼性推進部のWebサイトには、JAXA共通技術文書が公開されています。
JAXA共通技術文書の中から、「2.技術要求・ガイドライン文書」の「3.宇宙機」の1つに文書に、「JERG-2-130-HB002 音響試験ハンドブック」があります。
私は振動制御をやっていた頃のことを思い出しながら楽しく読みましたが、音響試験とはどのようなものなのか、イメージをつかむ参考にもなると思います。
「音響試験ハンドブック」の目的
「JERG-2-130-HB002 音響試験ハンドブック」のPDFは、190ページあります。
本文は50ページほどで、ハンドブックの構成の説明も「振動試験ハンドブック」とは趣が違います。
自動車関連業界では、音振(おとしん)と言っていても、振動屋さんとか音屋さんがいて、どちらもやっている人はあまりいないようです。
振動制御をやっていたので、振動メインでも音響加振とかありましたし、式が難しいが計測は簡単な振動、式は簡単だが計測の難しい音ともいいます。
実験屋さんとCAE屋さんの間の様な壁があるのかもしれません。
ハンドブックながら表現が固いのですが、目的を引用します。
1.1 目的
本ハンドブックは、「宇宙機一般試験標準」(JERG-2-130)における音響試験を実施する際の考え方を解説したものであり、JERG-2-130 をテーラリングする際の指針として活用されることを想定している。
本ハンドブックには、宇宙機の地上での音響試験の目的、予測解析手法、実施方法、使用する設備、計測技術、結果の評価方法から構成されており、海外の動向を反映し、またJAXA の宇宙機開発プログラムにおいて得られた音響試験の経験、知見及び研究開発の成果を積極的に取り入れている。本ハンドブックに言及されていない知見や技術については、今後、内容を検討のうえ積極的に反映していくものとする。
出典:JAXA「JERG-2-130-HB002 音響試験ハンドブック」より
テーラーリングとは、品質保証プログラムに関することなので、以下をご参照ください。
「音響試験ハンドブック」の構成
「音響振動試験ハンドブック」は、一般的な音響試験の作業の流れと以下の構成となっています。
2.音響試験に関連する事項
3.音響負荷時の応答の予測法
4.地上音響試験
5.計測データの評価
「音響試験ハンドブック」を読んでみて
以下、私が気になった、参考になった、もう少し勉強した方がよいと思ったことについて紹介します。
「2.音響試験に関連する事項」について
ロケットの打ち上げ時の音響環境について、実際のデータを例に説明されています。
興味深く読んだ部分を列挙します。
- 打上げによる音や振動がロケットにどの様な影響を与えているのか
- 試験時に音響加振とベース加振の選び方と評価方法
- 音響試験による累積疲労による損傷
地上の乗り物や製品試験と異なり、燃焼により推進力を得て飛翔するロケットならではの特性など、少しだけ分かったような気がします。
航空機の開発や試験をされている方だと、航空機とロケットとの違いなど、技術的な違いについても分かるのかもしれません。
以下のブログを運営していますが、飛翔体についてはロケット(ミサイル)までは見学したことがありますが、航空機は昔々F-2の試験機が各務原市(岐阜県)で飛んでいるのを見た程度です。
もっぱら写真を見たり、技術的なことを調べてまとめています。
「3.音響負荷時の応答の予測法」について
「統計的エネルギ解析(SEA)」、「音響振動解析システム(JANET)」「境界要素法を用いた構造音響連成解析」について、興味を持ちました。
統計的エネルギ解析(SEA)
統計的エネルギ解析(SEA)は知っていましたが、振動がスペクトルの周波数で見ているのに、SEAではオクターブのバンドで見るイメージを持っています。
対象とする周波数帯が、SEAの場合は高い周波数の場合が多いので、スペクトルの周波数で見てもどうしようもないとは思いますが、振動でいうモードと音響でいうモードは、同じモードでも見るイメージがずいぶんと異なります。
音響振動解析システム(JANET)
音響振動解析システム(JANET)というのは、今回はじめて知りました。
統計的エネルギ解析(SEA)をベースとして開発された設計支援システムで、次の様な特徴があります。
- 機器の搭載された宇宙機(ロケットや衛星)のパネルのランダム振動応答予測が可能
- 設計初期段階(概念設計または基本設計)で、設計リスク(再設計・再試験)低減に役立つ
ホンダジェットの開発の本にもありましたが、航空機同様、ロケットの開発でもCAE(シミュレーション)ツールの開発も必要なのだと再認識しました。
境界要素法を用いた構造音響連成解析
境界要素法を用いた構造音響連成解析の部分も実例として参考になりました。
解析対象が大規模になったりすると、FEM(有限要素法)だけでなく境界要素法も使われたりしているようです。さらに、SEAとの連成解析についても触れていますが、20年程前と解析そのもののにそれほど大きな変化はないというイメージです。
「4.地上音響試験」について
音響試験について具体的に書かれています。
拡散音場を作り出す反響室、音源と音源の制御、計測系や供試体の設置など音響試験の実際について参考になります。
「5.計測データの評価」について
計測データの評価は、目的に対し正しい計測データを得られることが前提になります。
評価に使うパワースペクトル密度関数についての詳しい説明に加え、計測データの不確かさの評価については、音響試験をする人、計測データを評価する人、そして、設計をする人も知っておく必要があると考えています。
「付録」について
付録も充実しています。
付録のタイトルを以下に列挙しますので、気になる部分から読んでみてはいかがでしょうか?
本文もそうですが参考文献も明記されていますので、より詳しく知りたい場合に助かります。
Appendix A 音響試験条件の設定に関する一手法
Appendix B 局所音圧上昇の理論解析
Appendix C ランダム振動試験と音響試験の選択方法について
Appendix D 累積疲労損傷の評価方法
Appendix E 累積疲労損傷率の解説
Appendix F 外挿手法による音響負荷時の応答予測法
Appendix G 統計的エネルギ解析による音響負荷時の応答予測法
Appendix H 音響振動解析システム
Appendix J 音響試験設備の例
Appendix K パネル構造へ入射する音波の角度と振動応答
Appendix L 制御マイクロホンの個数に関する実験結果
Appendix M 拡散音場中の境界における音圧上昇
Appendix N 音響試験中の治具の振動
Appendix P RRS 解析の定義
Appendix R 音響試験公差の比較
Appendix S ジョイントアクセプタンスを用いた簡易音響振動解析
Appendix T FEM-SEA統合法
まとめ
日本の宇宙開発の主役である宇宙航空研究開発機構(JAXA)で公開されている「JAXA共通技術文書」の中に、「音響試験ハンドブック」があります。
「音響試験ハンドブック」は、専門的な内容ではありますが、具体的な音響試験についてまとめられているので、音響試験とはどの様なものなのか説明する資料としても分かりやすいですし、個人的は昔の経験を思い出したりして非常に興味深かったので、以下の項目で説明しました。
大学の工学系研究室でも実験をやる機会は少なくなっていますが、実験の面白さもありますので、この記事がモノづくりや試験(実験)に興味を持つきっかけになれば幸いです。
- 音響試験ハンドブック(JAXA共通技術文書)とは
- 「音響試験ハンドブック」の目的
- 「音響試験ハンドブック」の構成
- 「音響試験ハンドブック」を読んでみて
- 「2.音響試験に関連する事項」について
- 「3.音響負荷時の応答の予測法」について
- 統計的エネルギ解析(SEA)
- 音響振動解析システム(JANET)
- 境界要素法を用いた構造音響連成解析
- 「4.地上音響試験」について
- 「5.計測データの評価」について
- 「付録」について