「図面さえあればモノは作れる」という声を聞くこともあります。しかし、図面は設計者の最終的なアウトプットの1つではありますが、設計のアウトプットは図面だけではありません。
設計者は、お客様からの製品の要求などを設計へのインプットとして受け取り、設計(案)を考え最終的な図面を完成させています。設計のアウトプットには、図面と図面以外の資料があるはずです。
ここで、インプットから最終的な図面に至るまでのプロセスで、設計者の検討したことなどの記録を設計資料と呼びます。
- 設計資料とは、検討案も含め考えた設計とそうなった理由(根拠)が書かれた書類のことです。
- 設計資料は、仕様書とは違います。最終的な仕様書になった理由が書かれたものでもあります。
特に小規模の会社では、設計のアウトプットとして図面と仕様書しかなく、設計資料が無いことが珍しくないようです。設計資料が必要な理由について説明します。
設計者が忙しくて設計資料がない理由
設計案件が多ければ設計者に必要な工数も増えますが、必要な工数以上の設計案件が持ち込まれるのが現実です。
当然のことながら、設計者の持っている時間(工数)は有限です。
したがって、設計者が限られた時間で設計案件の数をこなそうとすると、
- 図面作成だけで手いっぱいとなる。
- (おそらく図面以上に手間のかかる)設計資料の作成時間はとれなくなる。
結果的に図面しかアウトプット(成果物)として残らないということになります。
では、設計者は、設計資料は不要だと思っているのでしょうか?
ここでいう設計資料とは
設計資料とは、
- お客様からの製品の要求などを設計へのインプットとして受け取り、設計(案)を考え最終的な図面と仕様書を完成させる間に設計者が考えたアイディアや検討結果などの資料
- 設計変更の内容と理由、設計変更が必要となった理由なども含みます。
のことです。
設計者が抱える案件は、全くの新規設計というケースは少なく、これまで設計した製品の類似品である場合が少なくありません。
- 設計資料があれば、設計に使う時間を短くすることができます。
- 設計資料を使って他の設計者に頼むこともできるようになります。
これまでに設計した製品の設計資料がなければ、
- 類似設計をした経験がある設計者は、思い出すか、改めて初めから設計検討を始めます。
- 類似設計をした経験が無い設計者は、初めから設計検討を始めます。
設計者個人ではなく、設計部署(設計者のチーム)としてみると、設計資料があることで、設計工数の削減だけでなく、過去の設計をノウハウとして活用することができます。
- 初めから設計検討を始めるより短期間で設計できる。
- 設計上の重要なポイントや工夫などを利用できる。
こう考えてくると、
- 設計者は、設計資料を残したいと思っていても、現実として残っていない。
ということになります。
設計者は設計資料が必要だと思っているのですから、残せて使える設計資料を作りませんか?
以下、設計資料の必要性、設計資料を作らない(作れない)理由、簡易設計資料の作り方について説明します。
モノづくりの設計において設計には理由(根拠)が必要です
設計とは、設計者がインプット情報(顧客要求、仕様書、参考図面など)から、要求を満たす案(図面や仕様書)を作ることです。
インプット情報を元に設計者は設計(案)を考えます。この時に考えたことが設計資料です。
したがって、設計資料が実際に残せる形(資料になっている)になっていない場合でも、少なくとも設計者の頭の中(記憶)には設計資料があるはずです。
また、設計資料には、別の設計者や次の設計に役立つ記録としての役割もあります。
仮に、設計資料が設計者の記憶の中にだけあるとしたら、いくら優秀な設計者でも忘れることもあるでしょうし、設計資料がある場合と無い場合とでは、同じようなモノを設計する工数や設計検討の深さや広さも大きく違ってきます。
図面さえあればモノは作れるから設計資料は不要という声
「設計資料を残しませんか?」といった提案すると、「図面さえあればモノは作れる。だから設計資料は作らなくてもよい。」という声を聞くことがあります。
本当に図面さえあればモノは作れて、設計資料は不要なのでしょうか?
設計者が、インプット情報を満たすために、どの様な形が必要か、材質に何を選ぶか、どの様に書くこうするのかを検討した結果(アウトプット)が図面に表現されます。
設計者が設計した図面には、そうした理由(根拠)があるわけで、その根拠となるのが設計資料です。
もし、設計資料に残すような検討はしていないというのであれば、もはやそれは設計とは言えないと考えています。
検討はしたけれど設計資料はないという声
「検討はしたけれど設計資料はない。」と言う声を聞くことがあります。
検討した内容を記録(書類)として残していないのであれば、検討してないことと同じことだと言わざる得ません。
設計資料がないことによる設計者の不都合な真実
設計資料がないということは、設計の理由(根拠)がないということになりますので、次のような問題が生じることになります。
- 製品不具合がみつかり原因究明する場合に、最初から設計検討をやり直すことになるので時間がかかり、対策も遅れる。(1から検討をやり直す)
- 設計者しか、図面(設計案)の理由(根拠)を説明できない。
- 製品の改造をしたくても、設計者以外はそうなっている設計を理解できないため検討できない。
- 設計案が仕様を満たしているかどうかのレビュー(審査)ができない。
中小企業や零細企業が設計資料を作らない(作れない)理由
ここまで図面と仕様書以外の設計資料について説明してきました。
「設計者は、設計資料を必ず作り残すことが必要である。」ことには、同意頂けるのではないでしょうか?
一方現実問題として、設計資料が必要なことは理解していても、特に小規模の会社では設計資料がない場合があります。
理由は簡単で、設計資料がなくても図面さえあればモノはできてしまうからです。
設計資料がない理由として耳にすることを列挙します。
- 設計資料を作るには時間がかかるのに、そのメリットが感じられない。
- 設計資料を作っても設計者の時間(工数)が減るだけで、設計者自身にメリットが感じられない。
また、図面はお金になるが、設計資料の費用まで払ってもらえないといった事情もあるようです。
しつこいようですが、それでも設計資料は必要です。
そこで、どうしたら設計資料を作り、残し、活用することができるのか考えてみます。
小規模の会社に適した設計資料の作り方
小規模の会社の設計者は、常に工数が不足しており、図面作成の期限に追われていることが多いようです。
この様な状況下で求められる設計資料には、
- できるだけ簡単に作成できること
- 設計資料としても使える(有効な)資料であること
が求められます。
つまり、設計者が見て分かる設計資料を図面と関連付けて残せばよいということです。
設計資料を作るプロセスは、以下の4つに分けられます。
- ①設計課題(顧客要求などのインプット情報を満足するための課題)
- ②主要諸元(検討した設計課題を満たす設計案)
- ③設計検証(設計者による検証)
- ④設計審査(検図レベルまで)
①~④の流れで、設計資料を作っていくのですが、何か特別なことをやっているわけではありません。
「ISOは何か特別なことではない。ISO(品質マニュアルと規定類)は会社としてやるべきことをやるためのルール」というのと同じイメージです。
以下、各内容について説明します。
①設計課題(要求されている仕様)
設計課題というと何やら難しそうですが、顧客要求などのインプット情報を満足するための課題や仕様書に書かれている項目のことです。
また、仕様書に書かれていないが常識的な事(暗黙の前提)も設計課題に含まれます。これについては後述します。
下図の本棚の金具(アングル、L型金具とも呼ばれている)の設計を例に説明します。
図 本棚の金具(アングル、L型金具)
上図の金具の設計課題を列挙します。
- 耐荷重(強度):棚板を支える強度
- 塗装:材質による。鉄なら塗装、色も決める(カラーコード)。SUSなら塗装なし。
- 材質:鉄かステンレス。(コストは抑えたい。)
- 板厚:材質による。
- 形状:上図のイメージ
QCDの視点で注意するポイント(設計課題)には、以下のことなどが挙げられます。
- Q:どの程度の物を載せるか(顧客要求と安全率)
- C:材料、加工費、塗装費、(製造ロットに影響)
- D:材料の入手、製造リードタイム
また、設計課題には、仕様書に書かれていないが常識的な事(暗黙の前提)も含まれます。
例えば、上図の金物の製作図面には、注記で「バリなきこと」と書かれていることがあります。
仕様書には「バリでけがをしないこと」とは書きませんが、バリでけがをしないための安全に関する要求です。
その他、設計課題に漏れがあると不具合の原因になりますので、考えられる全ての課題を書き出すようにします。
設計資料を残していくことで、設計課題の漏れを防ぐ効果を期待できるようになります。特に類似形状の製品設計が多い場合には有効です。
②主要諸元(設計課題を実現する案)
主要諸元は設計課題に対する解決案を記載します。
言葉にすると難しそうですが、仕様書の項目のスペック(仕様)を決めていくことです。
本棚の金具を例にすると、
- 耐荷重(強度):ハードカバーを棚板一杯に収納した重量(数値)
- 金具はねじで固定
- 塗装:ステンレスで無塗装
- 材質:ステンレス
- 板厚:最も耐荷重の大きい棚に必要な板厚(数値)
- 形状:上図のイメージ図から図面作成(寸法や固定用のねじ穴を入れる。)
実際に上記の値を決めるためには、
- Qは顧客要求を満たすので当たり前
- Cの製造ロット(製造数量)とコスト(加工費含む原価)、
- Dの納期(材料入手、加工のリードタイム含む)
を検討することで、材料をステンレスにするか鉄の塗装品にするかといったことが決まっていきます。
なお、文章(言葉)で説明するのが難しい、伝わりにくい場合には、図(設計案の3Dモデルなど)を併用します。
設計資料は、設計者以外にも、営業や発案者(企画担当者)、製造担当者なども見る場合がありますので、できるだけ分かりやすく表現することが大切です。
③設計検証
設計検証は、主要諸元の設計に対し検証したことです。
ここでの設計検証とは、主要諸元で提案した設計案の(設計案で要求を満たせることを示す)根拠のことです。
根拠のない設計案は、次の設計審査(デザインレビュー)の対象にならない(レビューできない)ので、客観的に説明できる資料が必要となります。
過去の設計資料、図面、実績などがあれば、流用しても構いませんが、過去OKだったから設計審査(デザインレビュー)は不要とはならないことに注意が必要です。
④設計審査
設計資料の最後の部分が、設計審査(デザインレビュー)の結果です。
設計審査の結果は、「承認」か「却下」のどちらかです。
- 承認:次の工程(モノづくり)に進むことができる。
- 却下:再検討
設計資料に設計審査の結果が書かれていることで、
- 設計の課題
- 課題に対する設計案
- 設計案の根拠
が分かりやすく(レビューしやすく)なります。
以上の流れで、設計資料を作っていくのですが、何か特別なことをやっているわけではないと感じて頂けたでしょうか?
まとめ
「図面さえあればモノは作れる」という声を聞くこともありますが、設計のアウトプットは図面だけではありません。
設計者は、お客様からの製品の要求などを設計へのインプットとして受け取り、設計(案)を考え最終的な図面を完成させています。設計のアウトプットには、図面と図面以外の資料があるはずです。
ここでは、インプットから最終的な図面に至るまでのプロセスで、設計者の検討したことなどの記録を設計資料について、以下の項目で説明しました。
- 設計者が忙しくて設計資料がない理由
- ここでいう設計資料とは
- モノづくりの設計において設計には理由(根拠)が必要です
- 図面さえあればモノは作れるから設計資料は不要という声
- 検討はしたけれど設計資料はないという声
- 設計資料がないことによる設計者の不都合な真実
- 中小企業や零細企業が設計資料を作らない(作れない)理由
- 小規模の会社に適した設計資料の作り方
- ①設計課題(要求されている仕様)
- ②主要諸元(設計課題を実現する案)
- ③設計検証
- ④設計審査