第5話:ATFコンセプト案の勝者ロッキード社による開発と残った課題

1981年、F-22ラプターの始まりとなる、ATF(Advanced Tactical Fighter:先進戦術戦闘機)プログラムが正式に始まりました。

一発逆転だったようですがロッキード社がコンペで勝ちました。しかし、その後の設計はなかなか大変だったようです。何とか米国空軍の要求を盛り込むまでと、残された課題「重量」までをまとめています。

まるで、F-15にステルス性をはじめとする様々な要求を詰め込んでいくようなイメージですが、最後の「適正な重量を得るための詳細な設計と重量分析が十分に行われていなかった。」のは、なかなかの衝撃を受けました。

この記事は、主に以下の記事をDeepLで翻訳したものを意訳しています。私の理解した内容となっていますので正確なところは原文をご確認ください。

出典:Lockheed Martin社のCODE ONE ARCHIVEの「Design Evolution Of The F-22 Raptor」より

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ATFコンセプト案の発表

DEM/VALが発表されたのは金曜日の午後でした。翌月曜日の朝、ロッキード社、ボーイング社、ゼネラル・ダイナミクス社の代表者が、カリフォルニア州にあるロッキード社の施設において、チームとして初めて顔を合わせました。

大きな会議室に約100人の技術者や管理者が集まり、3社の代表者がそれぞれ2時間ずつATFのコンセプト案を発表しました。まずロッキード社が発表、昼過ぎにボーイング社、午後遅くにゼネラル・ダイナミクス社が続きました。この様な一日での発表会は、前例のないものでした。

わずか1週間前には競争相手だったと思われる聴衆に、プログラムについて知っていることをすべて話すのはこの時が初めてでした。3社は提携はしているものの情報交換はしていませんでした。また、機密保持のため契約締結から契約成立までの期間が短く情報交換はできなかったため、結果的に全員が一度にすべてをこの場で目にすることになりました。

通常、他のチームが何をしたのかは、契約が成立したとしても数ヶ月は分からないのですが、今回のATFプログラムでは、各社とも米国空軍向けと同じプレゼンテーションを行いました。全員が自社のモデル、レイアウト、図面をテーブルの上に置き、プログラムのその時点までに何をしてきたか、詳細な説明を聞くことになりました。

このプレゼンでは、次の様な提案の多様性に驚かされたとの感想がありました。

  • ロッキード社の強みであるシグネチャー・ケイパビリティが明らかになりました。
  • ロッキード社のエンジニアは、固定された角度で航空機を設計する方法を知っており、それを支える詳細設計技術のすべてを理解していました。
  • 作戦分析の結果は、なぜステルスが必要なのかを示しており、勝利を決定的なものにした。
  • ATFに求められる操縦性を理解していたため、4尾翼(垂直尾翼と水平尾翼)のデザインを採用した。
  • ロッキード社には計画があった。(後述します)

この計画の重要性は、最初のチームミーティングの翌日に明らかになりました。

米国空軍の主任技術評価者であるRick Abell氏が、3社のDEM/VAL提案がどのように評価されたかを説明した時にも、次の様な驚くべきことがありました。

  • F-22システム・プログラム・オフィスが受賞者2社を選ぶときに使ったのと同じ評価表を使い、3社の提案について、それぞれ約70の長所と約30の短所を確認しました。

ポイントとなるデザインを主張することは、ほとんどの提案(他の提案)にダメージ(ネガティブな評価)を与えることにもなります。

米国空軍関係者は1986年末に、次のことを明言しています。

  • トレードスタディを見たい。
  • すべての要求に異議を唱え、ほとんどのものに別のアプローチがあることを知りたい。

DEM/VALでの勝利の鍵となったのが、ロッキード社の計画です。ATFプログラムの空軍チーフエンジニアとなったRick Abell氏は次の様に述べています。

  • DEM/VALフェーズの提案評価では、全員が要求を満たしていた。
  • 評価で最も重要だったのは、製品構成(優先システムコンセプトと呼ばれる)のリスク軽減でした。
  • 試作機が何をするか、アビオニクスが何をするか、それらがどのように機能するかには注目していませんでした。
  • 私たちが求めたのは、リスクを減らし、技術を十分に開発して、次の段階に入ったときに、よりリスクの低いプログラムになるように設計されたプログラムでした。
  • 提案された試作機が性能面でどのような役割を果たすのか、あまり時間をかけて検討しませんでした。
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チーム編成:2つの基本グループと作業分担

カリフォルニアでのミーティング後すぐに、チームは2つの基本グループに分かれました。

  • 1つ目のグループ:プロトタイプのインターフェース、コスト、チーム編成の問題に取り組む。
  • 2つ目のグループ:後のDEM/VAL段階で優先するシステムコンセプトの問題に取り組む。

1つ目のグループは、作業を分担した後は、各メンバーがそれぞれの作業に関連する金額を検証するという、困難で複雑な作業を行いました。労務単価の違いや独自の見積もりプロセスなど、さまざまな要因で計算が複雑になってしまっていたからです。

2つ目のグループは、3社の基本的な関係を定めた契約書に記載されている、7つのカテゴリーのタスク割り当てに焦点を当てました。

50ページに及ぶこの契約書には、チームリーダーの役割と責任、チームメンバーの仕事の分担と割り当て、将来の提案書の作成、専有情報や特許の取り扱い、紛争解決のための手続き、費用の分担、費用の報告、広報活動の調整、契約解除の手続きなどが記されていました。

7つのカテゴリーからなるタスクリストと作業分担

各社は、DEM/VALフェーズで受賞した場合(つまりチームリーダーになった場合)のタスクアサインメントのリストを用意していました。

これらの任務は、以下の6つのカテゴリーに分かれていました。

  • 武器システム統合
  • 機体設計/システム
  • アビオニクス
  • システムテスト
  • 製造
  • サポート性

DEM/VAL契約が締結された後、7つ目のカテゴリーであるシステムエンジニアリングが追加されました。

  • ロッキード社の作業分担案
    • チームリーダーであるロッキード社の作業分担案が最も重要でした。
    • ロッキード社は、前部胴体とノーズランディングギア、すべての特殊処理されたエッジと低観測アンテナの統合、コックピット、コントロールとディスプレイ、アビオニクスシステムのコアプロセッシング、飛行機の最終組み立てとチェックアウト、そして飛行テストのリーダーシップを主張した。
  • ボーイング社の作業分担案
    • ボーイング社は、後部胴体と主翼、防火システム、生命維持システム、補助動力システム、アレスティングギア、レーダー、赤外線捜索・追跡システム、ミッションソフトウェア、フライングアビオニクスラボラトリー、そして最大のシェアとリーダーシップを持つトレーニングシステムを獲得しました。
  • ゼネラル・ダイナミクス社の作業分担案
    • ゼネラル・ダイナミクス社は、中胴体とその中のすべてのサブシステム、主脚、水平尾翼、垂直尾翼、飛行制御装置、通信・航法・識別システム、電子戦システム、慣性参照システム、貯蔵管理システム、低観測点の赤外線部分、そして支援システムの最大のシェアとリーダーシップを獲得しました。

これらの基本的な仕事の分担は、若干の修正を加えながら、現在のF-22プログラムにも受け継がれています。

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設計案の出発点:受賞したのは飛ばないデザインではなくプラン

チーム合意書では、勝利した側の設計案をDEM/VALフェーズの出発点としており、契約書には次のような規定がありました。

このような提案は、空軍が要求したり、当事者が合意して空軍が同意した場合には、DEM/VALフェーズのために他の当事者の提案の側面を取り入れて修正することができる。

簡単に言えば、「3社の強みを生かしてATFのデザインを完成させよう。」ということです。

ボーイング社のATFプログラム・ディレクターであるDick Hardy氏は次の様に述べています。

  • 契約後、デザインを考えるのに2年かかりました。
  • ノースロップのチームは駆け足でデモ機を作り、その後、量産機の構成を考えました。
  • 次のプログラムフェーズへのダウンセレクトの際には、ウェポンベイの位置など、さまざまな変更を余儀なくされました。
  • 最終的な設計に役立つデータを得るために、実証機を飛ばすのは、実証機を作ってテストして得られたデータを、量産機にも適用するためです。

チームメンバーがバーバンクで最初に会ったとき、ロッキードの受賞デザインは「構成090P」と書かれた内部配置と外部線図、「構成090P/092(以下090Pと呼ぶ)」と書かれた詳細な3面図からなっていました。

構成番号090P/092には、空軍が提案を評価している数ヶ月の間に生じた次の変更が含まれていました。

  • インレット(空気取入口)の変更
  • 翼と尾翼のスイープ角の若干の変更
  • 垂直尾翼はより外側に移動し、チャイン(chine、垂直尾翼基部の間)はわずかに狭くなりました。
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YF-22にするため航空機設計史上最も集中した作業

090Pをコンフィギュレーション1132、つまりF-22プロトタイプ(YF-22)にするためには、航空機の設計史上最も集中した作業が必要となりました。

チームメンバーがそれぞれの強みと弱みを把握し、さまざまな設計上の特徴について賛否両論を唱える中で、変革は緊張したスタートを切りました。

ロッキード社の技術・設計担当副チーフエンジニアであったPaul Martin氏は、「この時期は強烈だった(The period was intense)」と語っています。

このような姿勢で臨んだのは、3社がそれぞれの作品をテーブルに並べたときに、膨大な量の資料を精査したためです。3社が提案したデザインには、それぞれ問題点や利点がありました。

ロッキード社のデザインは、公式な出発点として、最も多くの批判を受けることになりました。

飛ばないデザイン、コンフィギュレーション090P

コンフィギュレーション090Pのデザインを検討した結果、次の様な理由でこの飛行機は飛ばないということが分かりました。

  • 前方にある巨大なグローブ(glove)のせいで、ピッチ軸の制御ができない。
  • 内部の配置もうまくいかない。
  • 大きな回転兵器室は、エンジンやインレットを外側に押し出し、過剰な波動抵抗を発生させていた。
  • 後方格納式のランディングギアのデザインは、戦闘機には適していなかった。

未熟なロッキード社の設計がコンペに勝った理由

エンジニアが最初にやったことは、機体の図面をコンピュータに取り込み、解析のベースにすることでした。

その結果、次の様な理由でロッキードの設計が未熟であることはすぐに分かりました。

  • 平面図、縦断面図、断面図など、それぞれの図面には大まかな関連性しかない。
  • 設計を分析してみると、提案書に記載されていた空力や重量のデータは、図面とはほとんど関係なく「目標」レベルであった。
  • 設計は、航空機のサブシステムの個々の部分を中心に描かれた、つながりのないセクションの連続であることが判明した。

つまり、ロッキード社が持っているのはATFのコンセプトであって、ポイントデザインではないということなのですが、このアプローチによりコンペに勝ったということです。

コンペで未熟な設計に敗れた理由

090Pのデザインは、ボーイング社やゼネラル・ダイナミクス社が提出したデザイン・データに比べて、定義が不十分だったかもしれない。ロッキード社は、ATFプログラムの最終段階の直後に基本的なアプローチを変更したため、設計のスタートが比較的遅かったと弁明しています。

しかし、この変更により、ロッキード社はDEM/VAL提案の評価で最下位から1位に躍り出たのです。

米国空軍の評価者は、DEM/VAL段階でのリスクを減らすための確実な計画に関心を持っていたのでした。

逆に、ボーイングとゼネラル・ダイナミクスは、次の様にポイントデザインを重視しすぎたことになります。

  • General Dynamics社は、これまでコンフィギュレーションを重視してきました。
  • 構造設計、空気力学、風洞試験などを非常に詳細に行い、自分たちの設計が言った通りのことをするという信頼できるストーリーを提示しました。

米国空軍の評価担当者は、機体の形状だけでなく、詳細なDEM/VAL計画にも関心があることを理解していましたが、構成がしっかりしているからこそ、有効なトレードスタディができると考えていました。

しかし、米国空軍の評価者は、コンフィギュレーションと同じくらい詳細なDEM/VAL計画に関心を持っていたのです。言い換えると、トレードスタディのベースライン・コンフィギュレーションの妥当性よりも、DEM/VAL計画の詳細に興味を持っていたのです。

ロッキード社の説明(述懐)

ロッキード社のPaul Martin氏の説明(述懐)を列挙します。

  • 090P構成は、ポイントデザインではなく計画です。これは偶然ではありません。
  • 私たちの提案は、お客様がやりたいことと、競争に勝つために必要なことをサポートするものです。
  • もし、お客様が2年間の優れたシステムエンジニアリングを望んでいるのであれば、ポイントデザインではなく、2年間のシステムエンジニアリングを提案するのは悪くない考えだと思います。
  • 私たちのチームは当初、システムエンジニアリングで大きな問題を抱えていました。
  • 多くのエンジニアは、トレードスタディを行ったり、空軍関係者が変更に見合うだけの影響があると判断して要求を調整するのではなく、提示された要求に沿って飛行機を設計しようとしていました。

つまり、

  • 1987年の主なテーマの1つは、どの要求も最終的なものと見なすべきではないという事実を皆に理解してもらうことだった。
  • 貿易調査やリスク低減の方が重要だった。

Hardy氏によると、

  • 最初は皆、Paul Martin氏のデザインを少し擁護していました。
  • 振り返ってみると、チームが一丸となって合意に達したのは素晴らしいことでした。
  • Mullinは素晴らしい仕事をしてくれました。
    • 全員をデザインとプログラムに集中させました。
    • 議論が個人的なものにならないようにし、プログラムにとって何がベストなのかを常に考えていました。

Paul Martin氏は、ロッキード・ボーイング・ジェネラル・ダイナミックスチームのATFプログラムをDEM/VALの段階まで導きました。それぞれが独自のATF設計を何年もかけて進化させてきた3つの異なる企業文化の中で、まとまりのあるグループを作り上げるという大変な仕事だったと思います。

Paul Martin氏によると、

  • 私は全員に公平に接していたと思います。
  • ある週には、ボーイング社やゼネラル・ダイナミクス社のエンジニアと同じくらい、ロッキード社のエンジニアから怒られることがありました。
  • 誰もが自分の設計方法が事実上のバイブルであると信じていました。
  • 私は、ボーイング社やゼネラル・ダイナミクス社の人たちに、自分は正々堂々と仕事をしているし、ロッキード社に偏見を持っているわけではないと説得しなければなりませんでした。これは簡単なことではありませんでした。
  • Hardy氏やKent氏をはじめとする多くの人たちと、非常に生産的な関係を築くことができた結果、チームとしてのまとまりが生まれ、それがコンペティションに勝つための重要な要素となりました。
  • 私たちはお互いの組織文化を大きく変えることはありませんでした。互いの組織文化を大きく変えることはせず、ただ一緒に暮らし、一緒に仕事をすることを学んだのです。
  • Al Pruden氏は、システムエンジニアリングチームのディレクターとして、これを正しく行うという厳しい仕事をしていました。

1986年の最初のミーティングに参加し、当時このプログラムに携わっているBill Moran氏によると、

  • Martin氏、Hardy氏、Kent氏の3人のプログラムマネージャーは、補完的な関係を築いていました。
  • Hardy氏は財政に敏感で、頭が固く、口下手でユーモアのセンスがある。Mullin氏の興奮を抑えるのに最適な人物です。
  • Kent氏は、控えめで知的な性格で、フライトテストや最終的な運用で優れた性能を発揮する本物の飛行機を作ることに専念していました。彼は他の2人を、プログラムの究極の目的である運用可能な兵器システムの製造に集中させました。
  • このようなリーダーのやり取りを見ていると、いつも刺激的で勉強になります。意見が違っていても、彼らが仲良くしているのを見るのは、チーム全体のためにもなります。
  • 他の数千人の集団と同じように、うまくいく組み合わせもあれば、そうでない組み合わせもあります。しかし、上層部が主導することで、成功への正しい方向性が示されたのです。私は他のチームにいたことはありませんが、他のチームの話を聞いていると、トップがしっかりとした模範を示さないとチームはうまくいかないということがよくわかります。

さらに、Bill Moran氏によると、

  • このプログラムとチームを成功させたのは、ATFシステム・プログラム・オフィスを指揮していたJim Fain氏の功績も大きい。
  • 彼は、私たちが想像していた以上に頭が良く、大胆不敵な革新者でもありました。
  • DEM/VALの初めに大佐としてプログラムに参加したとき、彼は「自分は大将にはなれないので、自分が考える方法でこのプログラムを運営する。」と宣言しました。
    • 最終的にはDEM/VALの途中で准将に昇格し、中将として引退しました。
  • 彼は自ら、チームに空軍側とコントラクター側の両方の仕事をさせました。
  • プログラムの方向性ではなく、2つのチーム間の競争を利用して、自分の望むものを手に入れました。数年後、Rick Abell氏とTom Bucher大佐の助けを借りることで、国防総省全体で行われた取得改革の多くを実現しました。
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設計プロセス:米国空軍と開発チーム

Mullin氏、Hardy氏、Kent氏の3人は、ロッキード・ボーイング・ジェネラル・ダイナミックスチームのチームにとって、新たなレベルの機転、効率、仲裁を必要とする設計プロセスの最終的な仲裁者となりました。

Kent氏によると、

  • 実働部隊は、3人のプログラム・ディレクターの部下である会社のチーフエンジニアを通じて意見の相違を伝えていました。
  • それでも解決しない場合は、まずそれぞれのチーフエンジニアに相談します。
  • それでも決まらない場合は、Mullin-Hardy-Kentのレベルに引き上げられました。
    • どんなに優秀なエンジニアであっても、相手の話を聞いて、相手に一定の敬意を払い、嘲笑したりせず、座って話をする方法を学ばなければならない。
    • 協調性のない人は排除しました。
    • 優秀な技術貢献者の中には、相手と一緒に生活するのが大の苦手な人もいました。
    • 私たちは皆、伝統的なやり方や、異なる飛行機から来た異なる経歴を持ってテーブルについたのです。
    • 3社の空力担当者が3社の構造担当者に反対票を投じるようになってから、チームとしてのまとまりが強くなってきたと感じました。

米国空軍との調整

設計プロセスは、米国空軍の代表者との定期的な接触と、より正式な米国空軍のレビューによって影響を受けました。

Abell氏によると、

  • 空軍は、航空機の初期要件を記したドラフト仕様でATFの進化をコントロールしました。
  • DEM/VALプログラムの期間中は、研究結果や代替案の評価に応じて、年に1度システム仕様を調整しました。
  • システム要求のレビューでは、運用分析やテストの結果などの情報をもとに、要求が多すぎるのか少なすぎるのかを判断し、それに応じて仕様を調整しました。
  • 一方のチームのメンバーが要求を出すのに苦労していて、私たちがそれを変えなかった場合、彼らはすぐに他方のチームがその要求を満たしているのではないかと理解しました。
  • 例えば、空軍は当初、8発のミサイルをメインウェポンベイに内蔵することを要求していました。
    • あるチームはできると思っていましたが、確実なことは分かりませんでした。
    • そのため、8発のミサイルを効率的に搭載できないと両チームが判断するまで、要求を6発に変更しなかったのです。
  • 別の例では、短い現場での要求を変更して、推力反転装置を廃止しました。これは能力を得るための代償に見合うだけのメリットがなかったからです。

Moran氏によると、

  • 製品構成の進化には、ATFシステムプログラムオフィスと戦術航空司令部との間で、毎年システム要件のすり合わせが行われました。
  • 毎年の設計作業では、重量、コスト、性能、効果の見積もりを精査していました。
  • その結果、要求が変更され、新たな設計作業が必要になり、それがまた要求の変更につながる、という繰り返しでした。

したがって、空軍のDEM/VALにおける設計プロセスへの関与は、やや間接的なものでした。

Abell氏によると、

  • プログラムに対する我々の最大の影響力は、各企業が特定のシステムの根拠や理由を探り、発展させることができたことです。
  • 私たちが技術面で関与したのは、むしろ設計コンセプトやアプローチを理解するためでした。
  • なぜそれをやるのか?」と常に問いかけていましたし、「こうしたらどうか」という提案もしていません。
  • デザインの細部よりも、その背景にあるプロセスや理由に興味を持っていました。
  • 私のチームで「こうしなさい」と言う人がいたら、私はその人を排除しました。私たちは指示を出すことができなかったのです。
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設計上の課題

ATFの設計における基本的な課題は、

  • ステルス性
  • 超低空飛行
  • 高度に統合されたアビオニクス
  • 敏捷性

を、

  • F-15を上回る航続距離を持つ飛行機に詰め込む

ことでした。

さらに、

  • F-15の2倍の信頼性と半分のサポート(維持)コスト

を求めていました。

飛行機の中にすべて詰め込むときに直面する課題

Hardy氏によると、1986年から1988年までの基本的な状況は次の通りです。

  • 飛行機の中にすべてのものを詰め込もうとするときによく直面する問題は、すべてのものを重心に置きたがることです。
    • 兵器が落下しても機体の安定モードが変わらないように、兵器は重心に置きたい。
    • メインランディングギアは重心のすぐ後ろにあり、飛行機が尻尾から落ちないように、離陸時には簡単に回転できるようにします。
  • 燃料タンクが空になっても重心が移動しないように、燃料は重心の位置にあることが望ましい。
    • 燃料が燃焼して重心が移動すると、安定性やコントロール性が損なわれます。
  • ステルス性を確保するために、エンジンの空気取り入れ口を隠さなければなりません。
    • 巨大なダクトは、他の部分に使いたい場所の真ん中を通ることになります。

このように設計が複雑になると、専門の技術者グループが飛行機の中のスペースをめぐって議論することになります。

これが1986年から1988年までの基本的な状況でした。

設計課題と要求の変更

重量:元も困難な設計課題に

設計が進むにつれ、重量が最も困難な設計課題となりました。

Mullin氏によると、

  • 離陸総重量22,679kgの飛行機を設計しても、空軍の要求を満たすことはできませんでした。
  • 2年間努力しましたが、空軍を説得し、重量要求を変更しました。

適切なインレットデザインの実現

Mullin氏によると、

  • 適切なインレットデザインを得ることも非常に困難でした。
  • 空力的要件、構造的要件、観察可能性の低い要件、製造可能性の要件が、かなりの度合いで対立していたためです。
  • 約3年の歳月をかけて、多くの解析と風洞試験を行い、完全に受け入れられるインレットデザインを実現し、最終的には素晴らしい性能が得られました。

ロータリー・ウェポン・ベイを削除

1987年2月、ロッキード・ボーイング・ジェネラル・ダイナミクス社のコンフィギュレーションに最初の大きな変更が加えられました。

ロータリー・ウェポン・ベイを削除したことで、エンジンの位置を近づけることができ、造波抵抗(抗力)が減少しました。

大きなストレーキの変更

大きなフード付きストレーキの幅を狭くすることで、飛行機の重心より前のプランフォーム面積を減らし、ストレーキから発生する渦をより後ろに押しやることができました。

これらの変更は、より高い迎え角での制御された飛行のために不可欠でした。また、前部胴体を再構成して断面積を減らし、high alpha capability(意味が分かりませんでした)を向上させるとともに、造波抵抗(抗力)と重量を削減しました。

エンジン・インレットの再設計

エンジンのインレットも再設計されました。

継承された主翼と尾翼のデザイン

台形の主翼と尾翼のデザインを継承していました。

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コンフィグレーションの分化:2つのファミリー(系統)に

この頃、コンフィギュレーションの進化は2つのファミリーに分かれました。

  • 1つ目のファミリーは、プロトタイプのデザイン(試作機と呼ばれる)を表している。
  • 2つ目のファミリーは、提案書やプログラムの次の段階に引き継がれる、望ましいシステムコンセプトを表している。

DEM/VALが進むにつれ、この2つのデザインファミリーは離れていきました。試作機の設計は凍結され、DEM/VAL中に設計して飛行試験を行うことができました。

望ましいシステムコンセプトは、次のプログラムフェーズ(本格的な開発フェーズ、後にエンジニアリングおよび製造開発フェーズに変更された用語)での生産設計に向けて発展していきました。

1987年5月、米国空軍との最初の要求審査が行われ、1週間ほどで終了しました。

Mullin氏によると、

  • 最初のレビューは、我々が正しい方向に進んでいるかどうかを確認するためのコミュニケーションセッションでした。
  • 第1回目のレビューでは、全員が自分たちの設計に満足していたと思います。
  • まだ楽観的な考えが支配的でした。
  • このATFが5万ポンド級(22,679kg)の飛行機ではないことを、誰も認めようとはしませんでした。
  • 適正な重量を得るための詳細な設計と重量分析が十分に行われていなかったのです。

まとめ

1981年、F-22ラプターの始まりとなる、ATF(Advanced Tactical Fighter:先進戦術戦闘機)プログラムが正式に始まりました。

まるで、F-15にステルス性をはじめとする様々な要求を詰め込んでいくようなイメージですが、最後の「適正な重量を得るための詳細な設計と重量分析が十分に行われていなかった。」のは、なかなかの衝撃を受けました。

一発逆転の様にロッキード社がコンペで勝ちましたが、その後の設計はなかなか大変だったようです。何とか米国空軍の要求を盛り込むまでと、残された課題「重量」までを以下の項目で説明しました。

  • ATFコンセプト案の発表
  • チーム編成:2つの基本グループと作業分担
    • 7つのカテゴリーからなるタスクリストと作業分担
  • 設計案の出発点:受賞したのは飛ばないデザインではなくプラン
  • YF-22にするため航空機設計史上最も集中した作業
    • 飛ばないデザイン、コンフィギュレーション090P
    • 未熟なロッキード社の設計がコンペに勝った理由
    • コンペで未熟な設計に敗れた理由
    • ロッキード社の説明(述懐)
  • 設計プロセス:米国空軍と開発チーム
    • 米国空軍との調整
  • 設計上の課題
    • 飛行機の中にすべて詰め込むときに直面する課題
    • 設計課題と要求の変更
      • 重量:元も困難な設計課題に
      • 適切なインレットデザインの実現
      • ロータリー・ウェポン・ベイを削除
      • 大きなストレーキの変更
      • エンジン・インレットの再設計
    • 継承された主翼と尾翼のデザイン
  • コンフィグレーションの分化:2つのファミリー(系統)に
はかせ

振動制御を学ぶことで実験・計測とCAE、モデリングに制御と幅広く学び、出会いとチャンスにも恵まれ工学博士になりました。
CAEが珍しくない今だからこそ、実験やリアルなモノづくり体験が必要だと考えています。

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