現在のモノづくりでは、製品の一部の部品だけ、設計だけ、作るだけ、評価するだけといった役割分担が進み、設計者が自分で設計したモノを見たり、手に取ったりするリアルな機会が少なくなっています。
パスタブリッジとは、食べ物のパスタを使って作る橋のことです。
かつて、パスタブリッジ研修の運営側として参加したことがありますが、参加者の声を聞くと、自分たちで考え、設計し、自らの手で作るとてもよい経験になったようです。
ここでは、モノづくりに必要な構造力学について学ぶための、パスタブリッジ研修についてまとめています。
パスタブリッジとは
パスタブリッジとは、食べ物のパスタを使ってブリッジ(橋)を作ることです。パスタが構造材料、接続はホットボンド(グルーガン)を使います。
パスタブリッジの形状(種類)は、トラス構造の例が多いようですが、使用する材料(パスタの種類、本数)や橋の大きさ(空間)の制約の中で自由に設計・製作します。
その他の制約条件としては、設計や製作時間などがあります。
ブリッジ(橋)の種類
トラス橋の例を紹介します。
下図は、東京ゲートブリッジです。トラス構造ですが珍しいデザイン(形状)で恐竜橋とも呼ばれているそうです。
図1 東京ゲートブリッジ
以下、斜張橋の例です。
シンプルなデザインで、エレガントと表現される場合もあるようです。
図2 横浜ベイブリッジ
図3 レインボーブリッジ
車で通過するとよく分かりませんが、写真で見るととても美しいと思います。
パスタブリッジ・コンテストの概要
パスタブリッジ・コンテストがどの様なものかにについては、東京大学大学院の泉・波多野研究室のページをご参照ください。
かなり専門的な内容で、様々な構造(形状)のパスタブリッジの写真もあります。
「材料力学・有限要素法の専門知識をベースに、身近な材料であるパスタで、パスタブリッジを設計・製作」とあるようにさすが工学系といった内容です。
パスタブリッジ研修の概要(一例)
パスタブリッジは、パスタをホットボンド(グルーガン)で固定(接着)します。
パスタブリッジの研修内容について下図を使い説明します。
下図の灰色の2つの机の間にパスタブリッジを置いて、中央部に荷重を加えます(下図ではペットボトルの本数で荷重を変更します)。
図4 パスタブリッジの概要
パスタブリッジ研修の前提条件
- 使用するパスタは、以下の3種類とします。
- 1.3mm、1.6mm、1.9mm
- 事前に提出された組立図に示された種類と本数を組立時に支給します。
- パスタの接着には、ホットボンド(グルーガン)を使用します。ホットボンドは、組立時に支給します。
- パスタブリッジの形状
- パスタブリッジの幅は、決められた幅以内とします。
- その他の形状については自由です。
- 図4のように設置したパスタブリッジの中央部に荷重をかけて2分間パスタブリッジが変形しなければ、その荷重をクリアしたとみなします。
どの程度の制約条件にするかは、1度やってみないと分からない部分もありますので、試作(お試し実験は必要です)。
運営側で事前に検討、準備していても予想外のことは当然おこりますので、心の準備はしておくことをおすすめします。
パスタブリッジ研修のスケジュール
設計、製造、評価(荷重試験)は、以下の通りとします。
(1)設計(組立図の決定)
- 組立図の提出期限:2020年12月1日 17:00
- 外形寸法、使用するパスタの量を明記すること
- 組立を担当する人を指名すること
(2)製造
- 組立図に示されたパスタの種類、本数を支給します。
- ホットボンドを支給します。
- 組立時間は、1時間とします。
複数のチームで実施する場合には、互いに見える場所とするか、見えない場所にするかでも違いが出ておもしろいです。
(3)評価(荷重試験)
パスタブリッジの荷重試験を行います。
この際の注意点は、次の通りです。
- パスタブリッジの一点に荷重が加わらないようにすること
- 順番は、組立前にあらかじめ決めておくことをおすすめします。
また、組立に引き続き評価(荷重試験)に進めることをおすすめします。
材料がパスタなので吸湿しますし、参加者にとってはすぐに試したいという気持ちも強いので、時間設定は運営側の工夫が必要になります。
構造力学的視点(CAEによるシミュレーションの活用)
パスタブリッジでCAEを使うのは構想から設計の間です。
FEM(有限要素法)を使うのであれば、パスタの材料特性はあらかじめ実験的に求めておく方法もありますし、材料特性から参加者にやらせる方法もあります。
パスタブリッジの設計・製作は、様々なやり方がありますので、研修の目的をある程度絞り込み実施することをおすすめします。
研修とする場合には、事前にどの程度の荷重に耐えられるかなどを把握しておくことが必要ですが、パスタブリッジを作ってみることを条件にする場合には、
- パスタの材料特性を調べること
- ホットボンドによる接続条件について考えてみること
なども命題になります。
FEMによる解析についても、
- ビーム要素を使うのか、ソリッドモデルを作成するのか
- パスタを束ねた場合の条件をどのように考えるのか
- ホットボンドによる接着をどのようにモデル化するのか
などを決める必要があり、
- シミュレーション、つまり、設計の考え方
が重要になってきます。
モデラーであれば、3D CADで計上を作ればよいのでしょうが、設計者としてシミュレーションするためには、
- リアル(実物)を意識する。
- 評価(荷重試験)結果と設計値(シミュレーション結果)との整合性
- 設計値と評価結果との違いをどの様に説明するのか。
なども、設計者にとってよい気づきを得るきっかけにもなると考えています。
ただし、あまり欲張ってもパスタブリッジ研修が大掛かりなものになってしまいますので、経験値を上げるまでは設計条件を絞り込んで実施した方がよいと考えています。
実際、運営側で参加した時には、
- パスタの特性がないとシミュレーションができない。
- 荷重試験で思っていた以上に強度があり、急遽ミネラルウェオーターを準備して荷重を加える。
といった様に、結構バタバタした覚えがありますが、今では良い思い出の1つとなっています。
パスタブリッジの感想:位相最適化の実例に感動
運営側は当日含めバタバタしたものの、予想以上に盛り上がり、楽しいイベントとなったようです。
パスタブリッジ研修の目的は、
- 構造力学について学ぶ
ことですが、
- 自分たちで設計、組立、評価(試験)することのメリット
は、予想していた以上に大きいものでした。
FEM解析についても、リアルなパスタブリッジの設計問題として、モノづくり現場の一端を知るよい経験となったようです。
モノづくりは、やはり自分の手を動かして、体験することが今の時代でも有効なのだと考えています。
最後に、個人的に驚きと感動を覚えた設計例を紹介します。
このチーム、最適設計のツールを使った位相最適化でパスタブリッジの構造を決めていました。
位相最適化とは、形状を最適化するもので、例えばある部品の軽量化を図る場合に、どの部分を薄くしたり、肉抜きをしたりすればよいかが(ぼんやりとですが)分かるシミュレーション方法です。
形状的にも美しく、組立(ホットボンドによる接着)も非常にきれいにできていました。
残念ながら形状を確認した際に、制約条件の幅より現物が大きく(幅が広く)なっていてルール上は失格でしたが、参考記録として荷重試験を行ったところ素晴らしい結果となっていました。
一言で言えば設計ミスですが、チームの誰もが気づかず、これはこれで貴重な学びとなっていたようです。
少々専門的にはなりますが、以下の本はCAEによるシミュレーションについても説明しており、シミュレーション教育を担当する方にも参考になっているようです。
まとめ
3D CADを設計ツールとしたモノづくりが主流になりましたが、作図工数が増えたこともあり、自分で設計したモノ(部品、製品)を実際に目にしたり、手に取ったりする機会が少なくなっています。
パスタブリッジは、構造力学を体感できるだけでなく、1人ではできないモノづくりを知るよい機会にもなると考えています。
ここでは、以下の項目で説明しました。
- パスタブリッジとは
- ブリッジ(橋)の種類
- パスタブリッジ・コンテストの概要
- パスタブリッジ研修の概要(一例)
- パスタブリッジ研修の前提条件
- パスタブリッジ研修のスケジュール
- 構造力学的視点(CAEによるシミュレーションの活用)
- パスタブリッジの感想:位相最適化の実例に感動