ここでは、ホームランを振動解析の面から実験とFEMにより解析した例について説明します。
主な内容は、以下の通りです。
(1)金属バットの周波数応答関数(伝達関数)を計測し、簡易的に振動モード形を作成します。
(2)FreeCADのFEM(固有値解析)を使い金属バットの固有値解析を行います。
(3)実験とシミュレーション結果からホームランの仮説と検証をします。
背景:実験とシミュレーションの今
平成が終わろうとしている今、2000年頃と比べて実験とシミュレーションについて大きな変化はないものの、シミュレーションは様々な業界で使われ、その用途も様々です。私の個人的な理解ですが、次のような状況だと考えています。
- シミュレーションの重要性は高まり、シミュレーションを活用した開発期間の短縮が進んでいる。
- シミュレーションの適用範囲が広がり、利用者が増えている。
- 実験のシミュレーション結果の検証という役割は変わっていない。
- 実験は、簡単な実験と高度な実験に2極化している。
2000年頃には、自動車では車室内の騒音対策としての快適性も要求されていましたが、エンジンからハイブリッド、そして電気自動車になると、求められる振動・騒音対策もさらに大きく変わってきていると思われます。
家電製品の代表例である冷蔵庫も最近の製品は大変静かになりました。他にも洗濯機、掃除機やエアコンなどでも基本的な機能に加え、快適性などの付加価値の向上が追求されています。
メーカーの開発現場の要求としては、
- 製造後の不具合をできるだけ減らしたい。
- 発生した不具合には、速やかに対応したい。
- 試作による試行錯誤(トライ&エラー)を減らしたい。
- できる限り試作を減らし実験(計測)を最小限に抑え開発期間を短縮したい。
などが上げられます。
これらの要求を解決する手段の1つとして、シミュレーションを活用した事前検討があります。これにより、試作数と共に実験回数も減らして開発期間の短縮が図られています。
実験と置き換え可能なシミュレーションを行うためには、シミュレーションで使う解析モデルがポイントになります。モデルを作る(モデリング)ためには、計測された実機の特性(例えば周波数応答関数、減衰率)をシミュレーション・モデルに取り込むことも必要です。
この様にシミュレーションと実験の関係は非常に深いものの、多くの場合全く別の担当者や部門で行われていることも多いと聞きます。
このため、これからシミュレーションに取り組もうと考えた場合、
「単にシミュレーションするだけならまだしも、実験とCAEの双方を活用するのは難しい。」
といった声を聞くことがあります。この背景には、
「実験もCAEも各々ノウハウが必要で、正しい実験ができる技術者、使えるCAE解析結果を導出できる技術者を確保するのでさえ容易ではない。」、
「実験とCAEの双方に精通している技術者が必須となる。」
といったイメージがあるようです。
確かに、後述するバットの振動解析を例にとっても、ハンマリング試験はシンプルな計測方法ではありますが、経験によるスキルアップは必要です。
コンピュータが現在のように発達しても、全ての設計データ(形状データ)を盛り込めばシミュレーション結果を得るのに時間がかかり過ぎてしまい、必要なシミュレーションが終わらないといったケースもあるようです。
そもそも、正確な形状が決まらないので解析できないといったこともあるようです。
だからといって、実験とシミュレーションの両方を活用することは、取り組めないほど難しいものではないと私は考えています。確かに、それなりの準備やノウハウは必要ですが、基本的にはこれから説明するバットを対象にした実験とシミュレーションでやっていることと、基本的な流れや考え方は変わらないからです。
1.ホームランについての仮説を立てる
ホームランとは、振動的にどういう現象なのか考えてみます。
まず、バッティングを観察して、ホームランという現象をできるだけ簡素化します。実験とシミュレーションによる仮説と検証をします。
ここでは、以下の様に考えています。
- 打球の軌道
- 空気抵抗や風の影響などいろいろあるが、まずは解析の前提から外します。
- ホームラン
- スイングによるエネルギーをボールに伝えること
- バットのどの部分で叩けば最も効率よくボールにエネルギーが伝わるのか?
- 仮説
- 野球でスイートスポットと呼ばれるの部分は、振動モードの節近傍ではないのか?
- バットの根元(グリップのすぐ上付近)は振動モードの腹ではないのか?
- 検証
- 実験モード解析でバットの振動モード形を確認しよう。
- FFTアナライザで周波数応答関数(伝達関数)を計測して簡易的にモード形を作成できる。
- FEM(ここではFreeCADを使用しています)の固有値解析結果と比較する。
詳細については、以下をご参照ください。
2.バットのハンマリング試験と簡易的な振動モード形の作成
下図は、金属バットの周波数応答関数をハンマリングにより計測し、周波数応答関数から簡易的に振動モード形を作成した例になります。
図 ハンマリング試験による1次の振動モード形状
詳細は、以下をご参照ください。
3.FEM(固有値解析)によるバットの振動解析
下図は、金属バットをFreeCADの固有値解析結果の一例です。
図 FreeCADによる1次の振動モード形状
詳細は、以下をご参照ください。
4.仮説検証~実験モード解析とFEM(固有値解析)結果によるホームランの振動解析
ホームランとは、スイングによる運動エネルギーが最大限打球に伝わることと考えます。(仮説)
実験モード解析とFEMによる解析結果から、
- 1次の振動モードの節が、スイートスポットと呼ばれる場所と一致する。
- 1次モードの腹が、打ち損ねて手がしびれる場所(グリップ近く)と一致する。
事が分かります。
詳細は、以下をご参照ください。
5.実験とシミュレーションの違い、ポイントと注意点:バットの振動解析を例に
ここで、バットの実験モード解析とFEMによるシミュレーションとの違いについて説明します。
実験モード解析の場合、対象となるバットを吊り、ハンマリング試験で伝達関数を計測し、振動モード形状を作成します。
一方、CAEの場合は、まずバットの形状データが必要となり、バットの材質をアルミ合金とし、境界(拘束)条件を自由として、解析に使う要素を決定し、メッシュを切って、振動モード形状を求めます。
実験の周波数応答関数(伝達関数)とFEMにより得られた結果を比較し、例えば共振周波数が異なれば、材質などで調整します。
CAE(モーダル周波数応答解析)でも実験と同様の伝達応答関数を求めることができますが、モードの見落としを防ぐため、固有値解析結果や実験モード解析結果と比較して共振周波数とモード形状を確かめておくことが必要です。
対象としたバットには非線形性がないこと、実験とCAEとで支持方法がうまく一致していることから、実験とFEMの結果がよく一致しています。
ここで、実験とFEMの解析手順を並べると下表のようになります。同じ振動モード形状を解析結果として得るための手法が大きく違うことが分かるかと思います。
左側は実験データから振動モード形を得る流れ、右側がFEMにより振動モード形を得る流れです。
図 実験モード解析とFEM(固有値解析)の比較
6.実験とシミュレーションの課題と今後(ありたい姿、方向)
(1)実験担当にとっては3D CADが壁?
例えば、バットの実験モード解析をするためには、計測点を決める必要があります。この際、実験モード解析用の本計測に入る前に、プレ解析と称して計測点を減らして伝達関数の計測を行い、振動モード形状を作成し、本計測に必要な計測場所や点数を決定しています。
このような場合に、CAEを利用して簡単に振動モード形状を確認し、計測場所等の決定に使いたいという要求(要望)があります。
しかし、CAEそのものが設計から発展してきたためか、形状データを作成するために3D CADを使うようなシステムになっていることが多いため、CAEによる解析のノウハウではなく、形状データ作成が壁となっています。
はい。CADが苦手なのは、わたしのことです。
また、計測点を決めるのに参考になるCAE結果を得るには、それなりに正確な形状データが必要となります。このため、実際に計測した方が早いと、なかなかCAEに近づく、利用しないという面もあります。
(2)CAE担当にとっては実験が壁?
CAE担当者にしてみれば、解析の制約・条件と実験の制約・条件は、まさに別の世界。CAEならどんな境界(拘束)条件をも簡単に設定できますが、実験では実現不可能なこともよくあります。
解析に必要なデータが欲しくても、そもそも実験では得られない、計測できないこともよくあります。
ハンマリングに限りませんが、そもそも実験や計測は難しい、職人仕事のようなイメージかもしれません。
(3)今後の方向、ありたい姿
今でも実験とCAEの課題は、ツール以外にも少なくありません。
例えば技術者について、理想的には、
- 実験解析のプロ
- CAEのプロ
そして、
- 実験解析とCAEの橋渡しをできる人
がいれば、非常に効率よく製品開発を進めたり、トラブルの未然防止もできることになります。しかし、現実は設計の傍ら最低限必要な解析だけで手一杯なのではないでしょうか。
音振(おとしん)の分かる人が増えているとはいうものの十分かと言えば、中小企業では全く足りないというのが現実かもしれません。
だからといって、「実験解析にCAEが使えない。」と言っているわけでも、「実験にはノウハウがあるからCAE担当者には難しい。」というわけでもありません。
実験とCAEは、相反するものではなく、両者がバランスよくレベルアップしていくことが、設計開発のレベルアップのために大切なポイントと考えているからです。
まずは、実験とCAE解析の双方の担当者が互いの仕事(実験、解析)内容について興味を持ち、理解しあう気持ちを持つところから始めるのも1つの方法ではないかと、私は考えています。
まとめ
ここでは、ホームランを振動解析の面から調べた例について、以下の項目を説明しました。
- 背景:実験とシミュレーションの今
- ホームランのついての仮説を立てる
- バットのハンマリング試験と簡易的な振動モード形の作成
- FEM(固有値解析)によるバットの振動解析
- 仮説検証~実験モード解析とFEM(固有値解析)結果によるホームランの振動解析
- 実験とシミュレーションの違い、ポイントと注意点:バットの振動解析を例に
- 実験とシミュレーションの課題と今後(ありたい姿、方向)
- 実験担当にとっては3D CADが壁?
- CAE担当にとっては実験が壁?
- 今後の方向、ありたい姿